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札幌地方裁判所 昭和39年(む)1184号 判決

被告人 藤田保幸人

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する窃盗被告事件について、昭和三九年八月一三日札幌簡易裁判所裁判官がなした保釈却下の裁判に対し、弁護人入江五郎から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

一  弁護人の本件準抗告の理由の要旨は、「原裁判は、被告人に数件の窃盗の前歴、前科があることから、直ちに窃盗の常習性ありと判断したものと思われるが、権利保釈の除外事由として刑事訴訟法八九条三号が常習性を掲げている理由を憶測すれば、常習的犯罪人は、打算を超えて犯罪を犯す習癖があり、犯罪を犯すや、逮捕を恐れて逃亡するおそれが強いため、保証金による逃亡防止の効果が余り期待できないからと考えられる。被告人は、最後の服役後円満な婚姻生活に入り、以来今日まで比較的長期間何ら過ちを犯すことなく過し、特に極く最近子供が出生していること、本件事案は、被告人がその職場から被害金額合計約一万七、〇〇〇円ばかりの背広、現金等を窃取したに過ぎず、本件後証拠隠滅や逃亡を企てた事実はなく、逮捕されるまで約五〇日間無事に勤務を続けていたこと、被告人は本件窃盗の発覚後被害を弁償しようと努力していたことなど被告人が逃亡する虞のないことは明らかであるから、本件は実質的に刑事訴訟法八九条三号に該当せず当然権利保釈が許さるべき事案である。かりに、本件が同法八九条三号に該当するとしても、右の如き事情の下においては、審判の適正、被告人の保護、刑事司法における正義の観点から、裁量保釈を許すべき場合である。それにも拘わらず本件保釈請求を却下した原裁判は、違法かつ不当であるから、これを取消したうえ保釈許可の裁判を求める」というにある。

二  一件資料によれば、被告人は、昭和三九年八月一日窃盗の被疑事実について札幌簡易裁判所裁判官の発した勾留状により勾留せられ、同月八日右事実について同裁判所に公訴を提起されたところ、同月一三日弁護人から保釈請求がなされたが、同月一四日同裁判所裁判官岩尾保五郎は、右は刑事訴訟法八九条三号に該当するとしてこれを却下する旨の決定をしたことは明らかである。

三  そこでまず、本件が刑事訴訟法八九条三号に該当するか否かを検討するに、刑訴法が権利保釈の除外事由として右規定を置いた根拠のひとつが、弁護人主張のように一般に常習的犯罪者については保証金没取の威嚇による逃亡の防止に多くを期待できないということに着目した面の存することは否みがたいが、それと同時に再犯の防止という政策的な考慮が働いていることもまた無視できないところである。従つて、右規定にいう常習性の有無を判断するに当つては、逃亡の恐れを擬制せしむるに足る常習性を肯定できるか否かを考慮するとともに再犯の危険性の存否についてもこれを判断の資料とすることが必要であると解する。叙上の見地に立つて、本件について考察を加えるに、一件記録によれば、被告人はこれまで窃盗を反覆累行し、保護観察処分、特別少年院送致各一度、懲役の実刑三度の前歴、前科があり、一方本件は被告人が妻から預つた出産費用一万円を競馬で使つてしまい、その後始末に窺して元の勤め先から衣類等を窃取し、それ等を札幌市内の飲屋で他の客に売り、或いは岩内町で入質し、それによつて得た代金はすべて飲食代等に費消したことが認められる。かように多数の窃盗の前歴、前科をもち、金銭に窺した場合、その解決方法として容易に窃盗に走り、賍物の処分の仕方にも物慣れた抜け目のなさが見られ、せつかく得たその代金を飲食代その他に費消している有様では到底被告人の常習性と無縁な犯行とは考えられず、むしろ被告人の常習的な盗癖の典型的な発現とみるのが相当であり、形式的に刑事訴訟法八九条三号に該当することはもとより、先に説示したごとき意味での逃亡ないし再犯の恐れが高いことも優に肯認されるところであるから、同条所定の所謂必要的保釈に該らない場合であることは言うまでもない。

四  次に裁量保釈の許否の余地について検討するに、右に見たように被告人の窃盗の習癖化は可なり顕著であり、重大な結果となりうることを充分認識しながら、安直な気持から本件を敢行し再犯の虞の濃厚な本事案においては、弁護人主張のような事情を十分考慮に容れても、裁量保釈を許すべき余地も認められない。

五  よつて、原決定には何ら違法不当な点が認められず本件準抗告は理由がないから、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 辻三雄 角谷三千夫 猪瀬俊雄)

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